2013年1月

デザインと教育

これからの教育について、とてもおもしろい文章。

http://media.looops.net/btrax/2013/01/17/int-designer/

ぜひ、読んでみて下さい。

やる気スイッチ

やる気スイッチ、君のはどこにあるんだろ〜♪
というCMがありますが、あのCMちょっと違和感があります。
この話題、どこかで一度書いたことがあるので、2度めだったらごめんなさい。

なぜなら、本当の意味でのやる気スイッチは、
自分で押すものだからです。
内発的動機ってやつですね。
誰かに教えてもらうスイッチは、例えば強制的圧力だったりします。
締め切りを与えるとかね。ここまでにやりなさい!みたいな。

でも、それって続かないスイッチなんですよね。
すぐ切れちゃう。ぶちぶちきれるから、何度も入れないといけない。

ほんとうの意味でやる気を出し続けるためには、
自分で押す必要があるし、自分で探す必要がある。
後者が大事ですよね。自分のスイッチがどこにあるか
長い時間かけて、うんうん言いながら探す時間がとても大切。

そういう意味で、誰かに探してもらおうと思っている事自体が
なんだか、違和感です。
誰かに見つけてもらって押して貰うと、とても効率的です。
でも、それはながーーーーーい目線で見ると非常に不効率。
常に誰かが押してくれないと走れなくなるから。

自分の力で自分のスイッチを探す、そして押す。
このことを自覚して、ゆっくり時間をとって、
30歳になっても何歳になっても探す必要があると思うのです。
この探索には時間がかかる人がいます。
でも、そのかかった時間の分だけ、素晴らしいスイッチが見つかります。
いわば、大器晩成。

みんながみんな、あの時期に就職しなくていいし。
みんながみんな、あの時期に大学に行かなくったっていいのです。
それよりも大切なのは、探し続けること。
社会の流れに妥協して、社会のせいにして探すのをやめると、
常に自分の環境に文句をいうようになっちゃったりして・・・。


ま、そんなことで、やる気スイッチは自分で探しましょー♪

マイナスを受け容れる

人の目が気になる、という悩みを聞きました。
私も若い頃はそうでした。
人からの評価が欲しくて、誰かの評価を得るために頑張って、
人からの期待に答えられないのではないかと萎縮して。。。
あの頃は苦しかった。

そんな自分が嫌だったからです。

人に受け入れてもらおうと思っている自分や
人の軸に合わせている自分。
人に評価してほしいという短期的視点ばかり気になって、
”じぶん”が無い自分。

人を気にしないためにはどうしたらいいんだろうってずっと悩んでました。

そして、三十路を迎える現在。
人のこと、あんまり気にならなくなりました。
昔、小泉今日子さんが「女は30になると楽になる」って言ってて、
まさにその通り。私、キョンキョンに近づいた!(年齢だけ)

ということで、なぜ人の目が気にならなくなったのか。
組織で評価されなくても気にならなくなったのか…。

それはひとえに、色んな事に挑戦して良い時も悪い時も経験したからかな、と。
更に言うと、評価されない経験をしたからかなと。

評価されない時も、仕事が絶不調の時も、必死にあがいて
自分なりに工夫して、でもちっとも人に評価されるような結果には出なくて…。
でも、形にはならない日々を過ごしたその数年後に、やっと形ができたんです。
マイナスの日々にうっすら鍛えた筋肉が成果を出したという感じ。

そうして今があるわけです。
人の評価なんてだたの主観で、時間によって変わっていくもの。
まずは自分の目が大切。
信じて続けていたら評価がついてくる時もある、無いときもあるけど。

悪い時もあります。むしろ多いくらい…。
その悪い時に半歩でもいいから進めばいいんじゃないかなー。
一歩じゃなくていい。逃げたくなる時に、留まるだけでもいい。

そんな気がしています。

伝えるだけなら誰にでもできる。

表題のことをいつも心がけています。
授業はどうしても、生徒に伝えたことで自己満足しがち。
生徒の頭が動いていなければ、50分どんなにいい言葉を伝えたとしても
生徒の学びにはなっていませんよね。

授業ってそこが難しい。
生徒の頭が動く”仕組み”をデザインしなければ
日々の授業がただの音声になってしまいます。
それかただの楽しい時間。それだけの時間。

その意味で、先生という職業は非常にクリエイティブであり、
それが毎日の授業で必要となるから難しい。
いつもいつも、教師という仕事の難しさばかり感じてしまいます。
至らない点ばかり目についてしまう。

この日々設計を繰り返し、その設計を自身で実践し、
そして吟味し検証してまた設計するというワークが教師の難しさでもあり
面白さでもあります。
が、私はまだまだ難しさばかり身にしみて感じています。
満足することは無いんだろうけど、こんな日々にこれからもついていけるか不安・・。

全国の先生方はどう折り合いをつけているのでしょうか。
最近インターネットの先にいる仲間の先生方に問いかけてばかりですね(笑)

機能は上対馬高校での授業でした。
生徒の笑顔に元気をもらいました。ほっ。

自戒

添削の日々がスタートしています。
今は、290枚溜まっています。トホホ。
この2日間で終わらせます。

この3連休も添削をしていたのですが、
ゆっくりゆっくりやらないとついつい作業になってしまいます。
効率よくやろうなんて思ってしまうと一人ひとりが見えなくなる。

でも生徒一人ひとりにとっては、たった一枚の返却物。
私の言葉なんて、生徒にとっては記憶に残らないものかもしれないけど、
1つ1つ大切にしなければいけないなーといつも反省しております。

全国の先生はどうされているのでしょうか…。
私の場合は、少しずつ休み休みすることで頭を新鮮に保ちながら
添削をしております。
アドバイスお待ちしております…。

初授業

仕事始め!そして初授業!
いよいよ日常が戻って参りました。
年末年始好きとしては、年末年始を11月くらいから待ちわびているのですが、
もう、過ぎてしまうとあっというま。
また、1年待たなければいけないのですね…。しょんぼり。


さて、そんなことも言ってられないほど日常が押し寄せております。
3学期は授業がとーっても少ないので、1日1日が超貴重でございます。
そして論理コミュニケーションの授業における3学期は、実践するとても大切な機会。

1つの言葉について3学期全部かけて考えていくためです。

昨年度のテーマは「国際化」という言葉について考えました。
今年はなんにしようかなーと年末年始をかけて考えてきました。
新しいこれからのエネルギー問題なんて、とっても考えたいテーマ。
しかも代表の梅嶋はエネルギーのしごとにも関わっているしぴったし!

でもでもでもでも、ここはやはり身近なテーマにしようと考え
今年の3学期の授業テーマは「先生とは何か」にしました。
これを議論することで、学びとは本来何なのかが見えてくると思っています。
これを考えた上で、上の学年に、次のキャリアにいってもらいたいとの思いからです。

でも、もっと論理コミュニケーションの時間があれば、原発や新エネルギーの問題も
やりたかったなぁ。

2013年

新年あけましておめでとうございます。

新しい1年が、また始まりました。
本当は朝が来て夜がくる、普通の1日なのに、
新年だと意識するだけで、こんなに幸せな、何かに期待が持てる
素敵な1日になるんですよね。
毎年とても不思議な気持ちになります。
これが、ハレの日ですね。
背筋が伸びます。

今年はどんな1年になるのでしょうか。
collaboyouは新しい形に挑戦し続けるメンバーですから
きっと新しい挑戦、新しいことが待っていると思います。
私はその未来に、ドキドキ・ワクワクしています。
でも、ほんのちょっぴり怖い、そんな新年です。

この怖さを乗り越えるには、日々の鍛錬と勉強が必要です。
怠け者の私は、休みすぎるのがやっかいなのですが、
これからも適度に休み休み走りたいと思います。

今年は活動をはじめて満10年めです。
継続は力なり。
今を維持するための一歩ではなく、
未来を作るための一歩をいつでも踏み出せるように
自分を開いて、活動を開いて、変化し続けたいです。
その先に継続の力があると思っています。

変化できる1年に、なりますように。

2013年1月 仁藤